演題詳細


 

タ イ ト ル: 「ヒト由来データの蓄積と公開に関する社会の理解を得るために」

発  表  者: 武藤 香織

所    属 : 東京大学 医科学研究所 / ヒトゲノム解析センター 公共政策研究分野

発 表 資 料 : 講演スライド 武藤先生スライド

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要    旨 :  1.ヒト由来試料・情報を用いる研究のガバナンス
 日本における人由来試料・情報を用いる研究ガバナンスの歴史は、約10年程度しかない。その中心は、「ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針」(2001年、文科省・厚労省・経産省)、「疫学研究に関する倫理指針」(2002年、文科省・厚労省)、「臨床研究に関する倫理指針」(2003年、厚労省)が施行され、人由来試料・情報を用いる研究は研究機関ごとに認める方式が採用された。また、試料・情報の提供者から文章による同意を取得するという原則が導入された。こうしたルールの導入・普及に伴い、医療機関では人由来試料・情報を「とりあえずとっておく」という姿勢から、「不必要なものは集めない」という考え方に移り変わったと言える。
 しかしながら、既に2000年代初頭には、研究を加速化するために、大量の試料・情報を集めて、多くの人々が幅広く多目的に使用するという発想が生命科学の世界に取り入れられ、バイオバンクやデータベースの構築・充実化が世界各国で進んだ。今般、研究の評価は論文そのものだけでなく、論文に用いたデータの質に及ぶようになり、さらに研究に用いた貴重な試料・情報をバイオバンクやデータベースに収載し、科学者コミュニティに貢献したかどうかも問われる。
社会科学の世界でも同様の傾向がある。東京大学社会科学研究所では、1998年4月から学術目的での2次分析のためにデータ提供を行っている。また、2001年にオックスフォード大学が開始し、日本でも2007年から始まった「患者の語りデータベース」プロジェクトでは、様々な疾患の患者の語りを顔写真や音声も入った状態でデータベース化している。

2.データベースの利活用を理解してもらうために
 個人ごとのデータを多くの研究者で共有する意義、大量のデータを永続的に使用する価値など、一般には余り知られていない。我々が実施している一般市民対象の意識調査では、住民基本台帳法や統計法に基づく、個人の行政情報の研究利用であっても知名度が低いうえ、漠然とした恐れを抱いている者も少なくなかった。しかし、医学研究への利用については好意的で、戸籍、住民票、死亡診断書のほか、臨床情報やレセプト情報などで容認する声はある。実施・監督体制を透明化し、わかりやすい説明が得られる環境づくりが重要であろう。
 他方、ヒト由来試料・情報を用いる研究で、提供者への不利益につながるのは、本人の特定可能性(identifiability)だと考えられている。研究用に集積されているデータは匿名化され、個人情報は同居しないのが原則である。だが、地域や経年的な臨床情報、画像情報、ゲノム情報の積み重ねにより、データから特定の個人の存在が推測される恐れは残るとされる。しかし、こうした懸念はどの程度現実味を帯びたものなのか、将来の技術革新によって解決されうるものなのかも含めて、人々に知られるようになるべきであろう。